ゑびす神社

【京都ゑびす神社】《大国主大神・八代事代主大神・少彦名》TEL075-525-0005
京都ゑびす神社は西宮・大阪今宮神社と並んで日本三大ゑびすと称される。社伝によれば、建仁寺開山栄西禅師が宋国より帰朝の時、海上に暴風の難にあったが、ゑびす神の守護によって難をまぬがれたといい、建仁寺創建に当たって寺の鎮守としたのが当社の起こりと伝える。昔は西海に赴かんとするものは、当社に詣でて風波の難のなからんことを祈った。はじめ建仁寺境内にあったが、応仁の乱後、現在の地に移す。「都七福神巡り」の一つ。参拝の時は、お耳が遠いので、本殿参拝の後、左側面に回って再び参拝する。


■えべっさんと笹 今日多くの方はゑびす様と言えば「商売繁盛の笹」をイメージするが、ゑびす信仰の象徴ともいえる笹は元来京都ゑびす神社独自の「御札」の形態が広まったもの。笹は縁起物の松竹梅の竹の葉で「節目正しく真直に伸び」「弾力があり折れない」「葉が落ちず常に青々と繁る」といった特徴から家運隆昌、商売繁盛の象徴となる。
■十日ゑびす 1月10日を中心に、前後5日間にわたって行われる特別行事をいい、社伝によれば、ゑびす神の誕生日は1月10日の寅の刻(午前4時)といわれ、この福の神の誕生にあやかろうとしてはじめたものと伝える。
■都七福神 室町時代に京都で民間信仰として日本で最初に七福神信仰が興り、全国に拡がる。七福神は日本・中国・インドの神仏がうち連れて人々に幸運をもたらす。ちなみに、【ゑびす神】だけが七福神で唯一日本生まれの神様。
他に【大黒天】松ヶ崎妙円寺、【毘沙門天】東寺、【弁財天】六波羅蜜寺、【福禄寿神】赤山禅院、【寿老人】革堂、【布袋尊】萬福寺。
■ゑびす神とは 「ゑびす」という神は複数あり、伊耶那岐命(いやなぎいのみこと)と伊耶那美命(いざなみのみこと)との間に生まれた最初の神。しかし、子作りの際に女神であるイザナミから先に男神のイザナギに声をかけた事が原因で不具の子(耳が遠い)に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまうという。または大国主命の子である事代(ことしろ)主(ぬし)神とされることが多い。少数であるが、えびすを少彦名神や彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)とすることもある。また、外来の神とされることもあり、「えびす」を「戎」や「夷」と書くことは、異邦の者を意味する。日本各地の漁村ではイルカやクジラなどを「ゑびす」とも呼んで、現在でも漁業神として祀る地域が多数ある。クジラやジンベイザメなどの海洋生物が出現すると豊漁をもたらすという考えからえびすと呼ばれ、漁業神とされる。
■岩本社 平安時代の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)を祭神とする。もと六波羅蜜寺の東にあった阿仏屋敷に祀られていたのを移したものという。阿仏屋敷とは、かの「十六夜(いざよい)日記」を著わした阿仏(あぶつ)尼(に)(藤原為家の後室、その子藤原為相(ためすけ)は冷泉家の祖)が住んでいた邸宅と伝える。
■小松天満宮 菅原道真を祀る。堂内に安置する道真像は、大宰府の配所にあった道真が、筑紫の天拝山で行をしている憤怒の姿をあらわしたもので、「天拝山荒行の像」と称する。また、「足どめ天神」とも称し、失踪者の名と生年月日を紙片にしるし、社殿内部の左右に控える木像狛犬の足に、男なれば右足、女は左足にくくりつけて祈願すると、帰ってくるという信仰がある。
■財布塚・名刺塚 日常使用する財布と名刺に感謝の念をささげ、開運を祈って使い古した財布と名刺を奉納する。財布塚は実業家・吉村孫三郎の揮毫。
名刺塚、実業家・松下幸之助の揮毫。